基本情報、研究成果などは、Webサイト「チュウヒのふるさとかほくがた」を御覧ください。
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2017年06月03日

河北潟の湖面利用ルールの新しいチラシができました

河北潟の湖面利用ルールは2010年に関係者が集まって自主的に決めたルールです。策定の趣旨は、さまざまなスポーツ、レージャーで河北潟の湖面を利用する人たちが仲良くトラブルを起こさないように調整を図ることとともに、河北潟の野生生物を守るために自主的に利用を制限する場所や期間を決めようということです。このルールは多くの利用者が遵守しており、河北潟では人と人、人と自然のとてもよい関係がつくられています。この度、このルールを示したチラシを新しく作り直しました。表面によりルールを見やすく示したとともに、裏面で河北潟に生息する野鳥への配慮について書いています。このチラシはルールに賛同する利用者団体や関連ショップ等を通じて配布されます。
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こちらからPDFファイルをご覧いただけます。(kahokugatarule2017.pdf
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2014年03月01日

誰でも簡単に河北潟湖沼研究所をご支援いただけるgooddoに参加しました

河北潟湖沼研究所は、ソーシャルグッドプラットフォームgooddo(グッドゥ)に参加いたしました。

http://gooddo.jp/gd/group/kahokugatalake/?md=fb

上記のリンクからgooddoの河北潟湖沼研究所のページに行き、毎日クリックをするだけで、支援金が「河北潟湖沼研究所」に届けられます。

他にもgooddo内では河北潟湖沼研究所の情報を見て頂くことができます。
是非、のぞいてみてください!

ご支援頂いたお金は、「河北潟の水辺の保全活動」に活用させて頂きます。

『NPO法人 河北潟湖沼研究所』に、いいね!やシェアだけで支援金を届けられます。〜 NPO/NGOを誰でも簡単に無料で支援できる!gooddo(グッドゥ) 〜
posted by ちゅうひくん at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

2014年01月20日

新しいパンフレットができました!

河北潟湖沼研究所の新しいパンフレットができました。その数は4種類。地域の方、農家、団体や企業の方、研究者、とそれぞれに向けて河北潟湖沼研究所の活動を紹介し、参加などを呼び掛けています。
これからいろいろなところで配布していきますので、みなさまぜひご覧ください!

パンフレットはこちらからPDFファイルでもご覧いただけます。

<今回できた4つのパンフレット>

●河北潟の活動に参加しよう
・・・たくさんの方に河北潟の活動への参加を呼びかけるパンフレットです。活動内容や、活動への参加の仕方を紹介しています。

●喜びの農業
・・・農家の方へ向けたパンフレットです。「生きもの元気米」をつくってくださる農家の方を募集しています。

●入会のご案内 地域の中で研究をしたい方へ、研究を生かしたい方へ
・・・河北潟湖沼研究所は「研究の場」を提供します。大学の研究者はもちろん、企業、農家、地域住民、学生、どのような方でも「研究をしたい」という方の参加を待っています!

●事業活動のご案内
・・・河北潟湖沼研究所の事業活動について紹介しています。調査研究や情報収集、環境教育のお手伝いなど地域に根ざした事業活動を展開します。

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*4つのパンフレットの作成にあたってはPanasonic NPOサポートファンド助成事業を活用させていただきました。
posted by ちゅうひくん at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

2012年08月17日

平成24年度研究奨励助成の募集

河北潟湖沼研究所は、この度、河北潟地域を対象とする持続可能性に係る研究を奨励するため研究助成の募集をはじめした。詳細については以下のリンクから募集要項をダウンロードしてください。
http://kahokugata.sakura.ne.jp/news/josei-2012.html
posted by ちゅうひくん at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

2012年02月22日

南相馬に野菜を届け隊(番外編:被災地の様子)

 活動日の正午から午後2時の間は、訪れる人も少なく手が空きましたので、2グループに分かれ、順番に被災地の状況を見に行きました。
 国道6号線の付近では、流された船がまだそのまま残っていました。道の両側は、少しずつがれきの除去が進んでいて、表面の土砂が圃場中央に集められている場所もありました。
 海岸沿いの道は、歩道が壊れていたり、ガードレールや道路標識が壊れてそのままであったりして、復興が進んでいないことがわかります。この点では、1月に訪れた石巻で、普及が遅れているとはいえ、確実に始まっていたこととは、対照的でした。今回、活動に参加した人達の多くは、普段は圃場の施設管理を行っている人達ですので、そうした施設の破壊に目が行くようで、ポンプ場や水門の状態がひどいことを気にかけていました。また圃場の普及ははたして出来るのか、プロの目からは厳しい現実が見て取れるようでした。
 海岸に近い圃場では、住民が集まって何とか復興しようと、手作業でがれきの除去を始めている現場を見ることができました。お年寄りが多くたいへんそうでした。
 それでも沈下した圃場では、ハクチョウが餌をついばんでいました。その他、タゲリやノスリなどの野鳥と遭遇しました。

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(破壊された道路の歩道、この反対側には仮設の電柱が立てられていた)

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(除染作業は進んでいないと思われるが、既に耕耘されたり、表面土砂が集められている圃場もあった)

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(住宅がたくさん流された)

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(海沿いにはがれきが積み上げられていた)

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(破壊されガードレールや標識がそのままの状態、全く普及が進んでいない。道路脇にがれきが残っている場所もあった)

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(ハクチョウの群れ。沈下した圃場が餌場になっていた)

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(1回目のグループが見たときには集会場から人がぞろぞろと出てくるところだった。その後、皆でがれき集めを始めたが、第2グループが来たときには、みな途方に暮れた感じで法面にへたり込んでいた)
posted by ちゅうひくん at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

南相馬に野菜を届け隊(後編:戻る)

 2月19日は、野菜を配りきり、人生の新記録の焼いもを焼き、現地の皆様にも本当に心から喜んでいたいだけたようで、一応の活動の成功となりました。
 しかし、現地で聞いた数々の話は、私たちの心に突き刺さりました。第一印象は、皆さんたいへん明るく、また私たちにも気を使って下さり、日常は、それなりに希望を持って暮らしているのかと思いました。しかし、深くお話を聞いていくと、3.11以降、本当に厳しい状況の中で、たいへんな苦労をされてきたことがわかります。身内を亡くされた方、家を失った方、そして福島に特有のこととして、帰りたくても帰ることができない方や、家族がばらばらで避難することを余儀なくされている方々など、それぞれが心の奥に悲しみを抱えていらっしゃいます。
 避難所での出来事や将来への不安など、最初はあまり話さなかったことも、一緒に焼イモを焼いたりする中で、いろいろと話してくれました。
 当日は、20km圏内の小高区の一時帰宅の日で、2時過ぎに仮設住宅に戻られて来た方々からも話を聞くことができました。「少しでも戻れて良かった」という人もいましたが、「戻ってもしょうがないんだけどね。時間が短いので何もできないから」といったお話をされる方などいて、全体的にはあまり元気のない方が多かったように思いました。
 そんな中でも、皆さんがとても優しかったのが印象的でした。
 私たちも、いろいろな思いを受け取り、帰路につきました。

<帰路>
 福島のホテルには18時20分につきました。とりあえず反省会をしました。翌日、磐越道から北陸道を通って河北潟に戻りました。
 行きとは打って変わって快調な旅路となりました。行きの際、閉鎖されていた上越地域の区間は、高速道は雪の壁でした。快晴の中、河北潟干拓地に到着しました。

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(上越地域は雪の壁)

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(トラックも空荷で快調でしたが、往復の融雪剤を浴びて随分と汚れた)

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(お疲れ様でした)
posted by ちゅうひくん at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

南相馬に野菜を届け隊(中編:野菜を配る)

<活動日前夜>
 2月19日の夜明けは、マイナス6-7℃だったと思います。仮設住宅は寒いということは良く聞いていましたが、それを身にしみて感じた一夜でした。夕方から夜更けまでは、静かで過ごしやすい場所だと感じて床につきましたが、暖房を切ってしばらくすると、床からの冷気がじわじわと伝わってきて、体が心から冷えてくるのを感じます。このような状況の中で,被災地の皆さんは暮らしているのだなと、改めてそのたいへんさを感じました。
 ほとんど眠れないまま、夜中の3時前には起きてしまいました。前日までのハードな準備と移動で、体は疲れ切っていましたが、これ以上は眠れずに、エアコンをつけこたつに入り、夜が明けるのを待ちました。

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(静かな朝でした。仮設住宅団地からは朝餉の賑やかさは伝わってきません)

<活動日>
 朝7時には、自治会長さんが心配して、見に来てくれました。住民3名に応援をお願いしたとのこと、それらの方々もすぐにやってきて、みんな開始と同時に一斉に集まるので、早めに準備した方が良いよとアドバイスをしてくれました。
 8時から焼き芋機の火を入れて、そろそろと準備を始めていると、福島に戻っていた4名がやってきました。やがて応援の方々もやってきて、手際よく野菜の仕訳をしてくれました。10時から焼きいもやさん活動開始です。

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(焼イモを焼くのと配達用の際の仕訳と同時進行です)

 あたりが静かなので、はたして人が集まるか不安でしたが、応援の方の言葉通り、皆さん10時から次々と集まってくれました。焼イモを焼く作業が間に合いません。写真を撮る暇もありません。やや落ち着いたときに上の写真を撮っています。

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(焼イモ機2機で、1時間に80本焼ける計算だが、なかなか間に合わない。焼担当は皆やけどしながら焼いていました)

 一方で、焼イモ以外の野菜は全戸に配達しました。れんこん、さつまいも、さつまいもチップスに河北潟の案内パンフレット、レシピ、アンケート用紙などを同封して、各戸を訪ねて、配って歩きました。この活動では、仮設住宅団地の有志の方々が献身的にお手伝いいただき、軽トラも出して下さり、全戸に配達することができました。

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(袋に野菜等を入れて、それぞれのお宅を訪ねました)

 活動の目的の第一は,野菜を配ることですが、その他に、河北潟と南相馬市の皆様との交流のきっかけを作ることがあります。訪れた方には、積極的に河北潟のことを説明し、同時に震災の体験や仮設住宅での暮らしの様子などを聞き取りました。

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(地元の専業農家の方など、河北潟に関心を持って熱心に質問をされていました)

 12時から午後2時までは、ほとんど人が来ませんでしたが、お手伝いの方の予告通り、2時過ぎになるとぼちぼちと人がやってきました。同日が、原発20km圏内の小高地区の一時帰宅日になっているということで、家の様子を見に戻っていた方々が帰ってきたからです。3時くらいからまた急に忙しくなりました。
 午後4時までに、焼きいも600個を焼きました。私たちいずれも人生の新記録です。米や古代米、その他一部余った野菜は協力していただいた地元企業の社員の方々にお分けした他、その企業を通じて相馬市柚木地区で配布いただけることとなりました。後片付けをして、現地ボランティアの人と記念写真を撮り、今後の再会を誓い、南相馬を後にしました。
 
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(現地ボランティアの方々と記念撮影)

posted by ちゅうひくん at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

南相馬に野菜を届け隊(前編:現地に着くまで)

 河北潟の水辺を守り隊として、南相馬市の被災者に河北潟の野菜を届けました。河北潟湖沼研究所からも2名が参加して、一行6名で南相馬市まで野菜を運び、自らの手で200戸の仮設住宅の方々へ河北潟の野菜を手渡しました。
 この活動は昨年暮れに、河北潟の水辺を守り隊の臨時活動会議で提起されたもので、河北潟地域の人達から募金を募り、集まったお金で河北潟の野菜を購入し、南相馬市の人達に食べてもらおうという取り組みです。1月からの募金開始で1月末時点で70万円を超える募金が集まりましたので、2月19日に第一弾の配達を行いました。このブログで、その時の様子をお伝えします。

<出発の朝>
 活動前日の2月18日は移動日でした。
 この冬で最も雪の降った朝、河北潟干拓地にある金沢れんこん組合の集荷場にて7時より野菜の積み込み作業を行いました。その場で出発式を行い、2トントラック1台、乗用車1台に6名が分乗して、一路、福島県南相馬市を目指しました。

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(トラックにれんこんを積み込みます)

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(焼き芋機などの機材を含め、トラックの荷台はほぼ満杯)

<雪の中の移動>
 河北潟干拓地は約15cmの積雪で、出発はじめからアイスバーンの道をゆっくりと進み、高速道に入りました。期待ははかなく消え、高速道路も圧雪状態の悪路で、慎重に進みました。何とか富山県内を抜けることが出来ましたが、新潟県に入ると、通行止めとの表示がありました。除雪のための通行止めでした。結局、 能生インターチェンジから国道8号線で柿崎インターチェンジを目指しました。
 予定より約1時間遅れで、柿崎インターチェンジに入り、新潟県内は所々圧雪状態がありましたが、スムーズに進みました。ところが
 新潟県境を越え福島県に入ったところで、事故のため再び通行止め、西会津から会津坂下間は一般道を走りました。会津に入ると、天気は一転して晴天。その後福島西インターまで快調に高速道路を走りました。
 一般道を南会津に向かしました。途中、線量の高い飯舘村を通過しました。基本的に全村避難しているので、車は行き交っているものの、人はほとんど見かけません。家のカーテンは閉まり、田畑は荒れ放題になっています。

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(飯舘村から南相馬市に入るあたり。徐々に線量計の数値は下がってくる)

 南相馬市に入ると、商店も開いており、普通に生活する人たちの姿が増えてきます。
 目的の仮設住宅団地が見えてきた時には午後5時を回っていました。通行止め待機中に蓮台寺サービスエリアで軽い食事を取っていたので良かったのですが、ここまで運転手の交代時とトイレ以外は、ずっと走り続けていきました。

<到着>
 仮設住宅では、自治会長さんと、協力いただいている地元企業の方々が出迎えてくれました。仮設住宅の掲示板には、あらかじめ送っておいた活動についてのお知らせのポスターが貼ってありました。各家庭にもチラシを配っていただいているとのことでした。

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(集会所前の掲示板、焼イモのポスターが目立ってました)

 皆さんに手伝ってもらい、野菜を集会所に運び込み、焼き芋機の試験をして、前日の準備が終わりました。日はとっくに暮れていました。留守番の2名は仮設住宅の集会所に泊まらせてもらうことに、他の4名は、浜通地区でのホテルが満杯でしたので、真っ暗な中、いったん福島市まで1時間半の道のりを戻りました。

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(荷物を下ろします)

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(集会場に運び込まれた野菜たち、明日の出番を待ちます)


 
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2011年12月11日

チクゴスズメノヒエ除草活動の結果

11月11日〜20日に5回のチクゴスズメノヒエ除草活動が行われました。
7年目の活動となり、今回は全体で80名程度の参加がありました。
二日市町では一歩進んで、活動の対象となった舟入川の保全活動や米作りプロジェクトを進めていくことになりました。

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干拓地での活動(11月11日)

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こなん水辺公園での活動(11月20日)

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二日市町での活動(11月19日)
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